むしろ自分の余生の心配をするべき
馬の余生の話題。twitterで軽く呟く程度にしておく予定だったが、このまま埋もれてしまうのもアレなんで軽く思ったこと残しておく。
サラブレッドの余生問題の前提
1.こちらとかこちらで述べられていることの繰り返しにはなるが、「サラブレッドという存在は人間のためにだけ存在する」ということは逃れられない。そして現在の競馬は「より優秀なサラブレッドを次世代に残す」ことを目的としているということも言える。このことを前提に「優秀なサラブレッドについて余生を保障を競馬のシステムに組み込む」つまり「競馬の主催者が保障の手を貸す」ことはアリだと思う。ただしこの視点での馬の保護はあくまで「優秀なサラブレッド」にのみ適用されるべきものだろう。そしてそのためにある現実に存在する仕組みが助成金であるといえよう。
2.一方で自分の一口馬を救いたいという意見はそもそも前提が異なるものだ。優秀な成績を収めたわけでもない目の前の1頭の馬を救いたいということは、極めてミクロ的な感情論に過ぎない。そのような思い自体を否定する意図はない。だがそのような個人的な感情を暴走させて、上記のようなマクロ的な保護システムに直接結びつけるのは無理がある。そのような思いを競馬の主催者であったり、一口クラブに向けることにはズレがあると言わざるを得ない。端的に言えば、その感情の解決は、自分で処理しろという話である。そしてこのような感情を充足する仕組みが各馬へのサポーターズクラブのようなものであるともいえよう。
現状への個人的な見解
まずキルトクールへの違和感は上記2つのことを整理せずに自分の感情をそのまま外野にブツける幼稚さにある。「俺が馬をかわいそうだと思う感情を一口クラブは面倒を見るべき」と言っているに近い。そんなことを書かれても「何を言ってるんだ、お前は」としか思えない。そもそも一口会員ですらないんでしょ?ましてや自分の妄想の結論を他人に押しつけるなどは論外である。今回ばかりは話題を振られたオケラセラに同情せざるを得ない。あと勝手に「男は」とか主語を大きくするのはやめてくださいw
一方お前はどうなんだと言われれば、現状一口に手を出していないということもあり1.で述べたマクロ的な視点での馬の余生の保護にしか思いはわかないというのが偽らざるところである。あくまで馬の余生については「優秀なサラブレッド」を優先に考えてしまう。ただそのための現在の仕組みはまだ改善の余地はあるのではないかとも考えているし、id:Southendが言うようなお金を取れる仕組みはもっとあってしかるべきと思う。今後一口を始めたりして心境の変化があれば、2.で述べたミクロ的な思いに囚われるのかもしれないが、現段階での見解は以上である。
補足
殿下に指摘された「身近に普通に馬がいる土壌がない国」とは「生物的な営みを見えなくする方向で発展してきた現代日本」においてはという意味。さらに付け加えると現在の日本にあるリソース(土地・人・カネ)から考えて、ミクロ的な視点での感情を満足させるには、競馬の規模が大きすぎるということは間違いない。そしてミクロ的な視点での感情を満足できる規模の競馬が面白いとは僕は思わない。