BrainSquall

競馬ニュースを中心に、レース回顧、POG、一口についてのタワゴト。他にフロンターレとかアニメとか・・・でした。

ブームの先にあるもの

現在日本中から注目を集める馬がいる。その馬はかつて存在したどのスターホースともタイプが違う。シンボリルドルフオグリキャップナリタブライアンサイレンススズカのように見るものを魅了する強さを持っているわけではない。それどころかステイゴールドのように善戦を繰り返すことで人気を博しているわけでもない。惨敗し続けることで日本中から応援されている。そうハルウララである。

彼女は2月29日現在105連敗を記録している。そして負けるたびにマスコミが群がる。ハルウララには誕生日ケーキが贈られ、単勝馬券は交通安全のお守りとなり、観戦ツアーが組まれ、ついには応援歌までが登場した。先の見えない世相の中、癒しを求める人々によってハルウララブームは加熱する一方である。しかし多くの競馬ファンはこのブームに対し、冷めた目を持っているのではなかろうか。競馬ファンはすでに気づいている。ハルウララがまがいもののスターホースであることを。

競馬は優勝劣敗の世界だ。レースの本質は血を残すための選定競争であり、子孫を残すためにサラブレッドは勝つしかない。走らない=弱いサラブレッドに待っているものは殺処分である。競馬の魅力とはその残酷なまでの弱肉強食の中にしか生まれない。しかしハルウララは負けることによって存在意義を高め、言うなれば競馬それ自体を自己否定し続けることで人気を高める。そして競馬の存在意義を否定する彼女をスターホースにしてしまうところに、馬資源が乏しく、存続問題を常に突きつけられている高知競馬の悲哀がある。

しかし多くのマスコミはこの真実について触れることはない。マスコミにとっても多くの人々にとっても競馬の魅力も高知競馬の存廃などは大した問題ではないのである。注目を集め人気がある存在を騒ぎ立て、弱いものを応援する自分に浸りたいだけなのだから。いつの世も競馬は自治体に、国に、マスコミに寄生虫のようにたかられるだけの存在である。これは刑法で禁止されているようにギャンブルは悪とされている中、お目こぼしで行われている競馬というもののサガなのかもしれない。武豊の騎乗によりハルウララブームは最高潮を迎えるであろう。しかしオグリキャップのときと違い、このブームが競馬界に残すものは何もない。祭りの後に高知競馬に残るものは多大なる債務と赤字に対する世間の目という非情なまでの現実だ。ブームが終わるとき、それは高知競馬の廃止へのカウントダウンが再び動き出すときなのである。