BrainSquall

競馬ニュースを中心に、レース回顧、POG、一口についてのタワゴト。他にフロンターレとかアニメとか・・・でした。

新年のご挨拶とポジショナルフットボール実践論書評

あけましておめでとうございます。仕事と育児に追われて、ブログは年に数回の更新、Twitterは週末中心という生活が続いていますが、コロナ禍の状況はまだまだ続くと思われますし、インターネットの繋がりも程々に大事にしていきたいと思います。本年もよろしくお願いします。

さて、もともとはフロンターレ天皇杯を制覇し、中村憲剛の美しい物語が最良のフィナーレを迎えたことを何か書こうと思っていたのですが、年末年始に積ん読していた渡邉晋のポジショナルフットボール実践論を消化し、いたく気に入ったので、フロンターレに感じた想い中心の書評に内容を変更して、新年最初のエントリとします。

発売当初から話題となった本書、噂に違わぬ面白さだったのは間違いない。ベガルタ仙台での「5レーン理論の発見」とその練習内容は非常に興味深かった……のだが、何より読み終えて思ったのは、ここで書かれた苦悩は2014年以降のフロンターレがいつ直面してもおかしくなかった(いや、していたのかもしれない)ということ。理想を追い求める指揮官。具現化されるためのトレーニングと選手の成長。一方で入れ替わる選手と、対戦相手の対策。対策に帯する対策の中で、理想と現実の狭間に揺れて、微修正を図る中で抜け落ちる理想。戸惑う選手。細部は違えど相馬監督時代に起きてしまったであろうし、風間監督時代にいつ起きてもおかしくなかった。何より鬼木監督が4年間タイトルを獲り続けることが、とんでもない偉業であることを再認識させられたというのが読み終えての感想であった。本書を踏まえて、改めて感じたフロンターレの強みと2021年の課題を記してみる。

第一に感じた強みは個人の利益とチームの利益を一致させることを当たり前にできたということである。チームを強くするためにポジショナルプレーを筆頭としたチーム戦術が必須なのは間違いない。現代のサッカーで個人戦術特化で勝ち点を積み続けるのは、非現実的な話であろう。一方でゴール前、そして対策の対策に対して結果を出すためには、個人戦術の強化がなければ、頭打ちになる。しかし本書で書かれているとおり、クラブチームで出来るトレーニング時間には限りがあり、トレーニングで行ったことしか試合で表現することもできない。限られた時間をショートカットする方法は2つしかない。「量でクリアする=お金で時間を買う=個人orチーム戦術に長けた選手を補強する」もしくは「質でクリアする=個人orチーム戦術の練習を同時に行う方法論を確立する」である。

フロンターレにおいて、本来両立しがたい後者が成り立っているのには、風間八宏を招聘して、「個人の利益とチームの利益を一致させる」をチームに浸透させる成功体験を積めたことが大きい。風間八宏の代名詞である「止めて蹴る」は一部に揶揄されることもあるが、本質はその技術論ではなく、個人戦術の行き先にチーム戦術、その先に得点があることをチームの共通理解とできたことなのではないだろうか。「勝利←得点←主体的に相手を崩す←チーム戦術の向上←前提となる個人戦術の向上」までがシームレスに繋がる成功体験。これは風間監督時代にチームに植え付けられた最大の遺産であろう。試合に出るためのチーム・個人戦術に対する明確な基準があること当たり前となったことで、2020年に鬼木監督が戦術の転換を図った中でも、そのための個人戦術に選手が前向きに取り込めたのではないかと思われる。

そして上記の成功体験を積めた理由は4つ。当時のJリーグが今ほど戦術でなかったこと、風間八宏の胆力がバケモノだったこと、フロントがブレなかったこと、そしてバンディエラである中村憲剛がその方向性を受け入れて先導したということであろう。全てが叶ったタイミングだったからこそ、個人戦術向上と勝ち点が紐付き、成功体験を積めたように思われる。本書の書かれた苦悩はいつフロンターレに襲いかかっても不思議ではなかったわけで、そこで崩れなかったのは外部環境、指揮官、フロント、ピッチ上の選手の全てが噛み合った結果といえよう。

第二に感じた強みは4年間タイトルを獲り続ける鬼木監督のトレーニングにおけるバランス感覚とマネジメント術である。これも先ほど述べたとおり、本書にはいかにクラブチームというモノが繊細で、トレーニングの内容によって、容易にバランスが崩れて、「角を矯めて牛を殺す」ことになるかが生々しく語られている。容易に思いつくのは2017年のフロンターレである。マイナーバージョンアップと語られがちではあるが、これまで理想を追い求めていたチームが守備に力を入れた瞬間、過去の遺産がいつ失われてもおかしくなかったということを本書は教えてくれる。鬼木監督が新戦力を融合させながら、初タイトルを獲ったということは、「前任者の遺産に守備を上乗せした」で済まされる偉業ではない。

そして更に凄みを感じるのは2020年のフロンターレの変化を生み出した覚悟である。理想と現実、シーズン中における変化の難しさ。再三の言及となるが、極端に振り切ったチームのバランスを見つけて、チームをまとめ上げることだけでも偉業である。にも関わらず、同じ監督がシーズンを通して理想に殉じて、さらにチームに最多勝ち点をもたらしたのである。本書を読み終えて、理想を貫く難しさとバランスを取る難しさを理解すると、改めて両方を成し遂げたということは、ちょっと信じがたい事実のように思える。正直2020年の新体制発表会でGMが鬼木監督を名将と持ち上げたときは、「凄い褒めるなー」くらいに感じていたが、改めてその凄さとフロントの慧眼には恐れ入ると言うしかない。

一方で2021年に目を向けると本書で示唆された「アンカーの重要性」には不安を感じざるを得ない。2020年のフロンターレにおいては、前半は田中碧、後半は守田がアンカーをパーフェクトに勤め上げたことが躍進の要因となった。移籍が確実視されている守田が抜けて、田中碧も夏以降の去就は不透明。「国内でアンカーを担える人材は……」と言及されているとおり、新戦力と若手も成長に期待するといっても、2020年と同じことは難しいであろう。ただ2017年、2018年に見せた鬼木監督のバランス感覚をもってすれば、更なるバージョンアップも可能だと期待したいところである。

以上、フロンターレに関する気づきを中心に感想を書いてみたが、とにかく本書はJリーグの監督の面白さと難しさが詰まった良書であり、戦術に興味がないサポーターにも是非読んでみることを勧めたい一冊である。ついついピッチ上で起こっていることで優劣を語りたくなるが、ピッチで起きることは全てピッチ外で生まれて育まれていることを、痛切に感じる内容であった。最後に1つ。本書で具体的に言及されているフロンターレの記述は「守備の巧さ」だけである。いやホント数年前には考えられなかったわ……。