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競走馬のノド鳴り(喘鳴症)に関するまとめ

以前から興味のあったノド鳴りについて、真剣に調べてみた。世間一般でノド鳴りと言われるものは獣医学上ではどのように分類されるのか。それぞれの病状はどのようなものなのか、その治療法などについてのエントリ。なお出典はJRA競走馬総合研究所の馬学辞典より。情報についても、基本的にはJRA競走馬総合研究所による知見を基にして書いている。

喘鳴症 (whistling)


馬が運動中、息を吸うときに「ひゅうひゅう」または「ぜいぜい」といった異常呼吸音を発する症状を指す。吸気時に、気管入口の軟骨を外側に開く筋肉を支配する神経の麻痺、あるいは呼吸器の感染症によって軟骨が開かなくなり、気道が狭くなることが原因である。左側の軟骨に発症する場合が多い(92〜99.6 %)。遺伝するともいわれている。この病気は軽種馬に多く発症し、一般的に競走能力が減退するため、競走馬には重篤な病気である。異常呼吸音を発するようになると、数週間の経過で悪化することが多い。しかし、稀に大きな呼吸音を発しても苦しがらず、スピードにも全く影響のない症例もある。この病気は、安静時あるいはトレッドミルにおける運動時の内視鏡検査によって診断することができる。治療では気管入口の軟骨を外側に開いた状態で固定する手術(喉頭形成術)を実施する。同義語:のどなり(俗)

世間一般に言われるノド鳴り喘鳴症とも言われる。端的に言えば、気道が狭くなることにより、競走能力が減退する上気道疾患のことだ。ただしこれはあくまで異常な呼吸音を発する疾患の「症状名」である。原因疾患には、代表的なものに喉頭片麻痺LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の挙上(喉頭エントラップメント・ELE)などが挙げられる。そのほかに口蓋咽頭弓の吻側変位、咽頭リンパ過形成(PLH)などもある。JRAの1歳の育成馬207頭の上気道の内視鏡検査では、咽頭リンパ過形成、喉頭片麻痺、軟口蓋の背方変位、喉頭蓋の形態異常、喉頭蓋の挙上の5所見すべてを保有している育成馬は全体の24.1%、以下、4所見 6.8%、3所見 9.7%、 2所見 21.3%、1所見 33.3%、全く保有していない育成馬 4.8%と、ほとんどの育成馬は呼吸器に何らかの内視鏡上の所見を抱えているという調査結果がある。関口氏も以前競走馬の6割は喉に疾患を抱えていると発言をしたことがあるように、競走馬と上気道疾患は切っても切れない関係があることがわかる。ここでは主に前半の3つについて詳しく調べてエントリに起こしてみたい。

特発性喉頭片麻痺または喘鳴症 (Idiopathic Laryngeal Hemiplegia,ILH)


呼吸の際、特異的な声門裂の狭窄音を発し、重症例では呼吸困難に陥ることもある。原因は、遺伝性疾患説、反回神経麻痺説および呼吸器感染起因説などがあり不明な点が多いが、実験的には反回神経を切断することで本症が再現される。診断は内視鏡検査により行えるが、軽度な例の場合は安静時内視鏡検査で確認できないことがあるので、このような場合にはトレッドミル走行時の内視鏡検査が有効である。既存の治療法には、声嚢摘出術、喉頭形成術、披裂軟骨切除術および喉頭部の神経再植法などがあり、最も効果が期待できるのが喉頭形成術である。本手術法の成功率は報告により異なるが、一般的には44〜87%である。

主な罹患馬にダイワメジャーハーツクライゴールドアリュールなどが挙げられる。喘鳴症の中で最も有名なものであり、喘鳴症といえばこの疾患を差すことも多い。神経の病気であり、反回喉頭神経が麻痺を起こすことによって発症する。乾いた感じ(乾性)の異常呼吸音で、一般的には“ヒューヒュー”という音で表現される。これは、披裂軟骨の小角突起(ほとんどが左側)が声門裂の方向へ倒れ声門裂を塞ぐために、ちょうど“フエ”のような形が声門裂の所にできた結果、息を吐くとき(呼気時)と吸うとき(吸気時)に音が発せられることに起因する。

症状の進行はG0〜G4の5段階(G0は所見なし)で分類される。JRA購買馬におけ調査ではる1歳11月直の疾患保有率はG3:0.2%、G2:1%、G1:12%。G2までは競走成績に有意差は見られなかった。ただしG3以上については1996年キーンランドのSeptember Saleに出品された2歳サラブレッド427頭を対象とした調査において、G3以上の喉頭片麻痺に強い相関性が見られたという報告がある。

治療法は喉頭形成術(Tieback)と呼ばれる手術が一般的。これは麻痺してしまった筋肉の代わりに筋突起を輪状軟骨の尾側端へ手術用の糸で引っ張って固定してしまうものだ。内視鏡咽頭の開き具合を見ながら、どれくらいで固定するのかを決めるが、軟骨はテコの原理で動くので非常にデリケートな技術を要する。さらに手術用の糸を引っ掛けるのは小さな軟骨のため、やり直すと割れてしまう一発勝負。そのため非常に難しい手術である。成功率は上記の通り44〜87%とされているが、固定の仕方によって、元の能力をどれだけ出せるかは左右される。50〜60%を維持するのはかなり期待できるが、70〜80%となると非常に難しい。

手術時期についてはG2では咽頭に正常な筋肉が残っているため、病状が進行するとせっかく手術しても糸が緩んでしまう。競走能力との相関関係が認められるのもG3からということもあって、手術は筋肉が十分薄くなったG3から行われる。また若い馬は軟骨が柔らかいため、難しいという事情もある。術後は傷口さえ塞がれば復帰可能で即効性が期待できる。技術は非常に要するが、手術自体は単純ため10万円程度で可能だ。

ちなみに喉頭片麻痺ばんえい馬にも見られ、2歳時に33.3%,3歳時に48.7%が疾患しているという調査もある。

なお喘鳴症における俗説として「雨の日には好走する」というものがあるが、上記の説明を見ればわかるとおり、喘鳴症は神経麻痺によるものであり、粘膜の病気ではないため、湿度とは関係ないと言い切っていいだろう。実際、喉頭片麻痺の馬が5着以内に入ったレースを調べてみると、雨の日は11%(東京で雨の日は28%)というデータもある。

※術後の傷や粘膜の状態によっては、湿度が高いほうが調子がいいことはありえるとのこと。また弁が開きっぱなしになる分湿度があるほうが走りやすいという説も。ただし馬にもよるので、やはりノド鳴り=湿度高いと好走とはいえないようだ。

軟口蓋の背方変位 (Dorsal Displacement of Soft Palate, DDSP)


軟口蓋が喉頭蓋の背側に変位することにより気道を狭窄する疾患である。原因は明らかでなく、咽喉頭部の炎症、喉頭蓋形成不全、鼻孔の閉塞などが関与していると考えられている。比較的強調教時には異常呼吸音を発するものの、安静時や軽調教時には異常を認めないのが本症の特徴である。したがって、安静時内視鏡検査で確認されにくいため、補助的に内視鏡の先端で咽喉頭部を刺激し嚥下を誘発したり、両側の鼻孔を塞いだりして検査する。本疾病の確定診断には、トレッドミル走行時の内視鏡検査が推奨される。内科的治療法としては、抗炎症剤の投与、舌縛り、鼻バンドがあり、外科的治療法としては、口蓋帆切除術、胸骨甲状筋切除術、口蓋帆切除術と胸骨甲状筋切除術の併用、あるいはテフロンを用いた喉頭蓋の増大化などがある。

主な罹患馬にフィーユドゥレーヴが挙げられる。湿った感じ(湿性)の異常呼吸音で、“ゼロゼロ”あるいは“ゴロゴロ” という音で表現される。これは、喉頭蓋の上側(背方)に持ち上げられた軟口蓋の口蓋帆が、主に呼気時に揺れることにより湿性の音が発せられることに起因する。

症状の進行はG0〜G3の4段階(G0は所見なし)で分類される。JRA購買馬におけ調査ではる1歳11月直の疾患保有率はG3:0.7%、G2:8%、G1:21%。競走成績における有意差はなかったが、G2以上の群とG1以下の群を比較すると、初出走までに要した日数がG2以上のほうが長い傾向が見られた。

治療に当たっては喘鳴症と違い、成長とともに良化する可能性が高いため、手術は積極的には行われない。コーネルカラーという馬具による矯正も可能。ただしこれは競馬ではつけられない。小島茂之厩舎のプークンが付けている模様。手術をする場合は、咽頭を引っ張る筋肉を切除するなどの、いくつかの方法があるが、いずれの方法も成功率は6-7割と考えられているとのこと。

喉頭エントラップメント (Epiglottis Entrapment,E.E.)


競走馬での本疾病の発生率は、0.74〜8%といわれている。喉頭蓋がエントラップメント(包み込む)されることにより呼気が披裂喉頭蓋ヒダにあたり、その結果異常呼吸音を呈する。慢性例では安静時内視鏡検査により診断が可能であるが、エントラップメントが間欠的である場合は、トレッドミル走行時の内視鏡検査が有効である。治療法は、喉頭蓋をエントラップした披裂喉頭蓋ヒダをEEカッター等により縦切開する方法が一般的であり、予後も良好である。

主な罹患馬にリンカーンシーキングザパール、クリアエンデバー。喉頭蓋が肥大したヒダに覆われてしまうもの。

症状の進行はG0〜G3の4段階(G0は所見なし)で分類される。JRA購買馬におけ調査ではる1歳11月直の疾患保有率はG3:0.2%、G2:3%、G1:11%。DDSP同様、競走成績における有意差はなかったが、G2以上の群とG1以下の群を比較すると、初出走までに要した日数がG2以上のほうが長い傾向が見られた。

喉頭蓋のヒダを切除する外科的手術(30分程度)が一般的。術後は良好なため、競走能力に影響を与えることは少ない。

まとめ

以上のように一口にノド鳴りといっても、その原因疾患には様々なものがある。上記はおもに上気道における所見であるが、これに加えて炎症性呼吸器疾患症候群 (Inflammatory Airway Disease,IAD)に総称される気管支炎、かぜなどの症状も呼吸時に音を鳴らす原因となりうる。ディープインパクトなどはイプラトロピウムを投与されたことを考えると、輸送のストレスなどにより、いわゆる気管支炎に近いものを患ったとも考えられる。うーむ、奥が深い。とりあえず全くの文系人間なりに大学で培った参考文献をまとめるという作戦でノド鳴りに当たってみた。したがって事実誤認など間違いは考えられるので、何か見つけた人は遠慮せず突っ込みお願いします。今後も新しい情報がわかり次第編集をかけていく予定。次やる気がおきたら屈腱炎に挑戦したい。

参考資料

馬学事典

育成馬の呼吸器疾患と内視鏡検査の必要性(PDF)

育成期における上気道所見と競走期パフォーマンスとの関連について(PDF)

喉頭片麻痺治療についての外科医の意見<馬医者修行日記>

Tieback for 喉頭片麻痺<馬医者修行日記>

コーネルカラーあるいはVet-Aire<馬医者修行日記>

DDSP軟口蓋背方変位の手術<馬医者修行日記>

上部気道の動的閉塞 2<馬医者修行日記>

2〜3歳のばんえい競走馬の喉頭片麻痺と体型および性別との関係

DDSP?<とりカツ定食おかわり。>

イプラトロピウムについての質問に答えます<DREAM SCHEME

◇競馬王2月号:城崎哲のサラブレッドパラダイム

ノド鳴りと天気の関係について<黒船雷電